眠らない街、東京を徹底解剖

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豊島区

豊島区の歴史について

投稿日:2017年7月24日 更新日:

現在の豊島区である古代時代の武蔵野国豊島郡は、豪族の豊島氏を領主とした土地でした。
領主の名が地域のそれになったのではなく、当時は地域の名称を苗字とする豪族のならわしがあったようです。
豊島氏は近隣の石神井や練馬、板橋などにも勢力を広げ、自らの支配下に収めました。
しかし室町時代になり、豊島氏は上杉氏に滅ぼされます。
とはいえ、領主が変わったところで農業を営む人々の暮らしに大きな変化はありませんでした。
近世・江戸時代に入り、豊島区は7つの村に分割されます。
庶民は江戸近郊の人々が食する野菜を作って生計を立てていましたが、雑司谷や巣鴨のあたりは農地から武家屋敷街へと変貌を遂げました。
また、駒込ではその地質から植木屋が繁盛し、ソメイヨシノの発祥地としても知られています。
明治時代に変わると、江戸は東京府となり豊島区も管轄内となりました。
庶民の暮らしは江戸時代から大きく変わることがなかったものの、鉄道の開通の影響でいくつかの大学が移転し、地域は学生が行き交う街となります。
更に大正時代には住宅地化も進み、昭和7年に豊島区が発足しました。

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