眠らない街、東京を徹底解剖

昔は東京市と呼ばれていた?意外と知らない東京をご紹介

世田谷区

世田谷区の歴史について

投稿日:2017年7月18日 更新日:

23区の中では最も都心から離れた場所に位置する世田谷区は、閑静な住宅地が広がる人口密度の高い街でもあります。
縄文時代の貝塚が多く発掘されていることから、この時代にヒトが暮らし始めたとされており、森林に囲まれ湧き水にも恵まれた当時の環境がその理由になっていたようです。
鎌倉時代には「武蔵国」として豪族の木田見氏の支配下に置かれますが、敢えなく滅亡させられた後は吉良氏に取って代わられます。
世田谷城を構えるほど一大勢力化した吉良氏は、室町時代まで隆盛を極め、戦国時代により大きな権力を持った北条氏に領主の座を奪われました。
現在も定期的に開催されている世田谷ボロ市は、北条氏が開いた楽市がはじまりです。
参加への制限が一切ない市場は、当時としては画期的な取り組みでした。
江戸時代になると、徳川幕府の代官である松風助右衛門が管轄し、彼の旗本7名がそれぞれの給地を管理します。
田畑の開発による生産高を記録しました。
しかし、徳川幕府が倒され近代化に至った明治時代の廃藩置県の影響により、農村は少しずつ宅地化していきます。
電車も開通し、現在の住宅都市への流れのきっかけとなりました。

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