眠らない街、東京を徹底解剖

昔は東京市と呼ばれていた?意外と知らない東京をご紹介

江東区

江東区の歴史について

投稿日:2017年7月15日 更新日:

江戸時代に徳川幕府の命を受けて行われた大規模な埋立事業により、町が形成された現在の江東区は、当初は複数の小島でしかありませんでしたが、やがて物流の要となり、永代橋や新大橋といった橋もつくられ一気に活性化しました。
隅田川沿岸には問屋の倉庫が立ち並び、亀戸などの内陸部では大根や丸茄子、ネギ、つまみ菜といった野菜類を中心に栽培して生計を立てていたようです。
経済が潤い生活が安定すると、文化を楽しむ余裕も生まれます。
江戸後期には、葛飾北斎や安藤広重、喜多川歌麿といった文人墨客が多く輩出されるようになり、庶民は余暇に相撲や歌舞伎を満喫し、季節ごとの様々な祭礼も執り行いました。
文化の発信地ゆえ、他地域からも行楽客が訪れ賑わいを見せていたことが明らかとなっています。
明治維新後は、江戸は東京に改名され、町は東京府に編入されます。
東京全域が産業に力を入れ始め、江東区も数多くの工場が設立されました。
しかし、大正12年に発生した関東大震災により、順風満帆に発展を遂げていた一帯は壊滅的な被害を受けます。
復興の際に実施された区画整理が、今の江東区の町並みにも活かされています。
住まいはアパートや共同住宅が急増し、工場も京浜工業地帯と呼ばれるほど一大拠点となりました。
そして昭和22年、深川と城東の合併によって現江東区が正式に発足しました。

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