眠らない街、東京を徹底解剖

昔は東京市と呼ばれていた?意外と知らない東京をご紹介

北区

北区の歴史について

投稿日:2017年7月21日 更新日:

北区での人々の暮らしは、縄文時代につくられた西ヶ原の集落に端を発します。
人々は竪穴式住居に住み、近くの海で牡蠣や蛤などを獲って食していました。
調理していたと思われる中里貝塚や、捕獲に使用していたとされる丸木舟などが発見されています。
朝鮮半島から伝来した稲作が盛んになった弥生時代ですが、北区ではその痕跡が残されていません。
稲作が行われていたかどうかは不明ですが、弥生時代の環濠集落の遺跡は見つかっています。
当時の剣や金属器も出土していることから、人々が生活していたことは間違いないようです。
古墳時代になると、隅田川の岸辺に集落が形成されます。
豊島馬場遺跡がその裏付けとなっており、土器や鋳型、勾玉、青銅鏡などが発掘されています。
後期から北区でも古墳がつくられるようになり、赤羽台古墳群や飛鳥山古墳群等が知られています。
飛鳥・奈良・平安時代に入ると、現・北区は武蔵国豊島郡に編入され、西ヶ原には役所を意味する郡衙が設けられます。
郡衙の政庁および正倉院跡が明らかとなっており、北区飛鳥山博物館で詳細を知ることが可能です。

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