眠らない街、東京を徹底解剖

昔は東京市と呼ばれていた?意外と知らない東京をご紹介

葛飾区

葛飾区の歴史について

投稿日:2017年7月13日 更新日:

旧石器時代から縄文時代にかけて、まだ深い海の底だった今の葛飾区は、弥生時代になってから柴又や青戸あたりの水が引き、土地になったとされています。
柴又河川敷遺跡や小禄天東遺跡、御殿山遺跡などから弥生土器が多数見つかっていることからも明らかです。
とはいうものの住居跡は未だ確認されておらず、居住は別の地域だったという見方が濃厚です。
古墳時代になると土砂がさらに堆積されて微高地となり、ようやく人が暮らせるようになります。
御殿山遺跡が葛飾区で最も古い居住跡です。
奈良時代になって、下総国葛飾郡という名の統治国となります。
東海道が整備されたのもこの頃です。
平安時代の終わり頃から鎌倉時代にかけて、葛西氏が葛飾郡領主となり、室町時代には上杉氏が支配しました。
上杉氏が建立した葛西城は、安土桃山時代に小田原の後北条氏に占拠され、天文7年にはその後北条氏と房州の里見氏が葛飾郡を舞台に合戦を繰り広げています。
大正6年の河川工事の際、多くの刀や槍などが遺物として出てきたとのことです。
江戸時代に入ると、葛飾郡は下総国から武蔵野国へと編入され、幕府が管轄する農地となりました。
また東海道を通る旅行者を相手に、宿場町としても栄えました。

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