眠らない街、東京を徹底解剖

昔は東京市と呼ばれていた?意外と知らない東京をご紹介

足立区

足立区の歴史について

投稿日:2017年7月12日 更新日:

足立区は、かつて武蔵国と呼ばれる令制国の中にある足立郡でした。
ちなみに現在の足立区の名称も、この足立郡から来ています。
弥生時代に使用されていたと思われる遺物が多数見つかっていることから、この頃から人が暮らしていたことが分かっています。
歴史的建造物は、天長3年に建てられた西新井大師です。
旅の途中だった空海が霊託を聞き取って十一面観音を彫ったことが、建立のきっかけとされています。
室町時代から戦国時代にかけては下総の豪族だった千葉氏が実権を握っており、戦国時代の終わり頃には後北条氏が支配下に収めました。
江戸時代になると、武蔵国足立郡は幕府が直轄する寛永寺の領地となります。
また、荒川の北岸は千住宿と呼ばれる宿場町となり、旅人の憩いの場としてだけでなく流通の中継地点としても機能していました。
近隣では江戸三大市場のひとつとして知られていた千住青物市場が栄え、文禄3年には千住大橋もつくられています。
明治2年、武蔵国足立郡は倒幕の影響により小菅県となります。
しかしその2年後の明治4年、廃藩置県されて小菅県も消滅し、東京府の枠内に収まります。
そして昭和18年、東京都の発足とともに今の足立区となりました。

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